大判例

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高松高等裁判所 昭和34年(ラ)57号 決定

抗告人 大江宏

相手方 大江良子

主文

一本件抗告のうち、原審判主文第一項(同居並に協力扶助に関する部分)に対する抗告部分を棄却する。

二 原審判主文第二項(婚姻から生ずる費用の分担に関する部分)を取消す。

右部分を松山家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣旨並に理由は別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

抗告理由第一点ついて。

本件記録に編綴の原審申立人代理人の委任状によると、原審申立人(当審相手方)が代理人(弁護士泉田一)に対して委任した事項として「(原審)相手方大江宏に対する婚姻継続等の家事調停の申立を家庭裁判所に為し右に関する代理行為一切をなす件」と記載されている。ところで家事審判法第九条によると、乙類審判事項として、夫婦の同居・協力扶助に関する事項と婚姻費用の分担に関する事項とは別号(一号と三号)に規定されており、したがつて亦各別に調停事項となりうるものではあるけれども、夫婦の同居・協力扶助といい、また婚姻費用の分担といい、右はいずれも婚姻継続即ち夫婦関係の維持に当り欠くべからざる義務であるから、婚姻継続という事柄はこれを義務の面から見ればその内には右両個の義務が当然予定されているものといわなければならない。そして婚姻の継続を求めるということは言い換えれば、互に夫婦としての義務を履行することによつて円満な夫婦関係の維持を求めるということに外ならないのであるから、「婚姻継続」の家事調停の申立及びこれに関する行為につき委任された代理人は、相手方の履行しない義務の態様に応じ相手方に対し婚姻継続に欠くべからざる特定の義務の履行を求めるという形で(即ち、同居・協力扶助或は婚姻費用の分担を求めるという趣旨の)調停の申立をなし、或は後にその趣旨の申立を追加できるものと解しなければならない。しかるところ本件において、原審申立人代理人が当初の申立の趣旨(第一次的申立の趣旨は、婚姻継続及び同居を求めるというにある。)を、昭和三四年五月二六日の調停期日において、同居及び協力扶助を求め同時に婚姻費用の分担義務の履行をも求める原審判主文の如き趣旨に変更したものであることは記録上明らかであるが、右のような申立趣旨の変更(したがつて新申立事項の追加)は右代理人の代理権限内の行為であるといわなければならない。さればその後調停不調の結果法律上当然審判事件となつた本件につきなされた原審判は申立の範囲内の事項につきなされたものであつて、所論のように申立なき事項につきなされたものということはできない。よつてこの点に関する抗告人の主張は理由がない。

抗告理由第二点について。

本件に関する諸資料を綜合すれば、相手方(原審申立人)は抗告人との婚姻の継続(したがつて同居)を希望しているものと認めることができ、所論のように相手方が婚姻継続(或は同居)の意思なく只抗告人(原審相手方)から生活費獲得のため、又は多額の金員を要求するためか或はいやがらせのために本件同居の請求をしているものとは認めがたい。また、相手方が別居するに至つたのは同人が自から同居の意思を抛棄したためではなく抗告人から勧められて一時実家に帰つたものであることが原審調査の資料によつて認められるから、仮りに相手方が抗告人及びその家族との従前の同居生活中に所論のような不調和な態度があつたとしても、それだけでは本件同居請求をもつて権利の濫用であるとは認められない。而して原審挙示の資料によれば、抗告人はその妻たる相手方と同居し且相手方に協力しこれを扶助すべき義務のあることが是認できるから、抗告人に対し相手方との同居並に協力扶助を命じた原審判主文第一項は正当である。よつて右の部分に対する抗告は理由がなく、これを棄却する外はない。

抗告理由第三点ついて。

婚姻から生ずる費用を夫婦が如何に分担すべきかを決するに至つては、夫婦各自の資産、収入その他一切の事情を考慮してこれを定むべきはいうまでもないところである。ところで、一件記録中の原審調査官の調査書によれば、抗告人方の家庭は現在別居中の抗告人の妻(相手方)及び長女由起子(二才)のほかに、抗告人の父(五五才)、母(四八才)、弟(一五才)、妹悦子(二一才)、妹道子(二六才)及び同女の夫(二八才)並に子女(四才)が抗告人と同居し、以上の一〇名で家庭を構成し、その資産は果樹園約二町三反、田約四反で、これを共に耕作してその収入で右同居の親族全員の生計を維持しているものであることが一応窺えるが、また同調査書(記録九丁)の抗告人の資産の項には、山林約六反歩(昭和二九年買得し、相手方〔抗告人〕名義としたもの、事実上果樹園)収入の項には、年収約三三万円(同居の親族と共に)と夫々記載されており、(そして右調査書以外には抗告人家の資産、収入を知るべき資料はない。)右の年収額が抗告人所有名義の約六反歩の果樹園のみの収入なのか或は抗告人家の前記資産全体から抗告人と同居の親族が共同耕作して得る家庭全体の収入なのかは必ずしも明らかではない。若し右の年収額が抗告人のみの収入であるとすれば原審判が抗告人に対し相手方への支払を命じた月額七、〇〇〇円(年額に換算すれば八四、〇〇〇円)は相手方が後記のように無収入なる点を考えれば、高きに失するとはいえないであろうが、もし右が抗告人家の全収入であるとすれば原審判所定の金額は高きに失するといわなければならない。すなわち、右の年収三三万円が同居の親族の全員一〇名の生活費となるわけであるから、一人宛の生活費は年額三三、〇〇〇円となる。(もちろん、一家にあつて大人も子供も生活費を平等に定めることは妥当ではないから右は一応の目安にすぎないが。)これを一応の基準として計算すると相手方及び長女由起子二名の生活費は年額六六、〇〇〇円、したがつて月額五、五〇〇円となる。尤も以上は年収約三三万円が全額生活費に充当し得ることを前提とした計算であるが、右の収入を得るためには何割かの必要経費を要することは農業経営上明らかなことであるから、実際に生活費に充て得る金額は右の金額を下廻ることは否定できないところ、必要経費が幾何であるかを知る資料はない。或は前記調査書に記載されている「年収約三三万円」というのは必要経費を差引いた実収入を意味するのかも知れないが、いずれにしてもこの点を確認しがたい。しかるところ相手方及び長女由起子が無資産、無収入であることは一件記録に照し明らかであるから、その生活費は、婚姻から生ずる費用として、収入のある抗告人が全額負担すべきものであるとしても、右に見てきた処にしたがえば、(年収約三三万円が必要経費を控除した実収入であるにせよ、また必要経費を含んだ金額であるにせよ、いずれにしても)原審判が抗告人に対し別居中の相手方(長女由起子の生活費をも含めて。)への支払を命じた金額である月額七、〇〇〇円は過大にして不当といわざるを得ない。右のように、抗告人家ないし抗告人自身の実収入が幾何なりやの確定につき原審の審理は不充分であり且このことはひつきよう原審判主文第二項(抗告人の分担すべき婚姻費用額)に影響を及すことは明らかであるから、右主文第二項はこれを取消し、右の点につき原裁判所において更に審理をなさしめるべく、右取消部分はこれを原裁判所に差し戻すこととする。(家事審判規則第一九条第一項適用。)

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石丸友二郎 裁判官 安芸修 裁判官 荻田健治郎)

参照

抗告の理由

第一点、原審は、審判の申立のない事項について審判をした違法がある。即ち

1 原審判の主文第二項には抗告人に対し婚姻費用の分担金支払を命じている。そして、その事実理由の中に、相手方代理人が同旨の審判を求める旨申立てをした、とされている。

2 ところで、本件は、もと、記録上明らかな如く「結婚継続、同居」と予備的に離婚による「慰藉料の支払、子供の親権を行うものの決定」を求めた調停事件であつたが、これが不調となり、その結果、法律上審判に移行されたものである。

従つて、右申立の趣旨からして家事審判法第九条乙類一号の夫婦の同居、協力扶助の義務に干してのみ、法律上審判の申立があつたものとみなされるに過ぎないのであつて、同法第九条乙類第三号に係る前記婚姻費用の分担に干する処分については、何ら申立がないものと言わなければならない。しかるに、原審は、前記の如く、この後者の点について審判をしているのであるから、違法たるを免れない。

3 尤も、記録を見ると、原審の昭和三十四年五月二十六日付調停期日調書を見ると、このとき、申立人(相手方)代理人は申立の趣旨を姻婚費用の分担金の支払をも含めた、原審判主文同旨の如きものに変更している。しかし乍ら、この変更は新申立事項の追加であつて、当初の申立の趣旨から当然に変更し得るものではない。つまり、このような追加申立については、代理人にその受任、権限がなければならない筋合いである。そこで、記録にある右原審代理人の委任状を見ると、ただ「婚姻継続等の家事調停の申立」をする代理行為となつており、これと前記、当初の調停申立の趣旨とを合せ考えて見ると、右代理人は、婚姻費用の分担金支払調停の申立権限は何ら委任を受けていないと見なければならない(家事審判法第九条乙類には、夫婦の同居、協力扶助の義務と婚婚費用の分担とは明確に区別、別号に規定されているのであるから、代理人の委任状に、ただ「婚姻継続等」とあるだけで、これを婚姻費用の分担に干する事項をまで受任していると見ることは許されない)。して見ると、右原審代理人は無権限なる事項について、申立をしたものに外ならず、従つて、その申立は無効で、結局、原審は、審判の申立なき事項について審判をした違法があると言わなければならない。

第二点、原審は、抗告人と相手方との同居を命じているが、しかし、これは次の理由によつて、失当であるか、理由不備として取消されるべきである。

1 民法第七五二条は、夫婦は同居し、互に協力扶助しなければならないと規定する。従つて、婚姻干係の存続する以上原則として同居し、互いの円満なる生活を期すべきは言うまでもないところである。しかし、我が国の現状においては因襲的にも経済的にも、夫婦はただ、夫と婦の二人だけの生活ではない。家族的共同生活における諸実情を考慮し、同居の請求が理由を欠ぐときは、同居請求権の濫用として、一方は他方に対し同居の請求をなし得ないと解されなければならない。

2 ところで、本件の場合、原審家庭裁判所調査官の調査結果を見ると、抗告人の述べた事項として、相手方は、

(イ) 生れて間もない子に、父は佐野だと言つて聞かせる。

(ロ) 抗告人に死んでくれとか家を一緒に出てくれ、一万円あれば生活できるから別居しようと言う。

(ハ) 長女をくれれば何時でも別れると言う。

(ニ) 仕事をしてもせいがないと言う。

(ホ) 洗濯物、つぎ物など余りしない。

(ヘ) 朝の挨拶を父にしない。

(ト) 就床中抗告人を跨いで通つたりして行儀、作方が悪い。

(チ) 枕元のスタンドなどを足で扱つたりして、行儀が悪い。

(リ) 母より早く起きたことがない。

如き女性である。人間関係の欠点はその一つ一つを取上げて見れば左程のものでない場合があるが、これらが織りなし、その中に感情が交り、複雑な関係を作るのであつて、その全生活を見て、良し、悪しを定めなければならない。殊に、大勢の家族の中で生活する場合においては他との調和の出来、不出来は、夫婦同居の理由に重大なる影響を持つものと解せざるを得ない。これは因襲故と無視すべきではなく、第一に夫婦、子供の生活の基盤が他の家族におかれているからである。本件の場合、抗告人の資産と労働力のみでは妻子の生活をささえては行けないし、同居の家族は父母、弟妹合せて八人の中に相手方がおかれるのであるから、この環境の中で、前列記の如き不調和な態度に終始する相手方は、最早婚姻関係を継続する意思のないことを表明するものと認めなければならない。

3 さればこそ、記録にある原審調査官の調査報告書中、参考人田室俊幸の申述として、同人が抗告人と相手方の間の調整をとつている頃の四月中頃(註、本件調停手続中)「相手方(抗告人)は申立人との離婚に際する経済的要求がどのようなものか、私に聞いて欲しい旨だつた、それについて、申立人は、相手方(抗告人)の親も相手方も薄情な人だから相手方の所に帰る気持はない、金員の請求についても家庭裁判所でいかねば本裁判をする心算だからと私の仲介を断つた、これは申立人(相手方)の父の気持でもあつた」とある如く、婚姻関係の継続の意思は全然ないのに、別な目的(金員等)のために本件調停申立をなしていることを露呈しているのである。前記相手方の日常の行動は微細の中に全体として、正に自ら婚姻関係を絶つ意思表明に外ならないとの前叙の主張を思い合わさなければならない。

4 以上要するに、相手方の本件同居の請求は、自ら同居する真意がなく、単に別居中抗告人より生活費を得るためか、多額の金員を要求するためか、抗告人に対するいやがらせのためかのものであつて、適法な権利の行使とは言えない。それ故、抗告人は目下相手方と婚姻関係を解消すべく、その準備中であるが、何れにしても、右の次第で、原審判は、この点から、理由失当又は理由不備として取消されるべきものと信ずる。

第三点、原審は抗告人に対し、相手方への毎月七、〇〇〇円の金員支払を命じているが(昭和三十四年六月以降)、これは失当である。

1 原審の確定した事実によると、抗告人方は同居者として父以下弟妹等八人である。果樹園約六反を家族経営していて、年収約三三万円を上げているとされている。

2 従つて、抗告人が相手方に毎月七、〇〇〇円の支出をするのは前記の家族構成と経済事情の枠内において、それが可能か不可能かを考えられなければならないし、その当、不当が決せられるべきものと思料する。

出し得ざる者に出せと言うことは、その趣旨、同居の間接強制に外ならず、それが法律上許されざること論をまたない。

3 そこで、考えて見るに、右年収三三万円とは年間の総所得額である。従つて、この所得をするに必要な、所謂必要経費が控除されなければならない。そして、これを仮に三割として見ると年間の純収益は二三一、〇〇〇円である。これを単純に家族数で割ると一人当り年間二三、一〇〇円となる(相手方と長女由起子の二人を加えると家族は一〇人)。すると一人当り月せいぜい一、九二五円しか生活費に当てられず、この割合で見ると婚姻費用の分担金(子供の分も含む)としては相手方に毎月三、八五〇円しか支出し得ぬ筋合いである。仮に、抗告人方の年間純収益が三三万円としても、これを単純に家族一人当りに割つて、この計算からしても、抗告人の家庭では、相手方に(子供の分も含め)毎月五、五〇〇円しか支出し得ぬのである。而して、右は誠に単純な計算方式に基くものであるが、現実の家庭生活においては、家庭の生活費の割合は世帯主に最も重いこと多言を要しない。従つて、この点と一般に顕著に知られている農家(抗告人も相手方も農家の生活環境にある)の低所得と、低度の生活水準や本件の現状においては相手方は何ら抗告人の家庭に対し労働力を供給しない事情(農家にあつては女一人の労働力も重要である)等彼此考え合せて見ると、原審が、抗告人に対し毎月七、〇〇〇円の金員支払を命じたことは、何としても納得できない。別言すれば、原審判は、この点において、名を婚姻費用の分担に藉り、実はその趣旨、夫婦同居の間接強制を命じたものに外ならないと解せられてもやむを得ないであろう。しかし、かかる間接強制が法律上断じて許されないこと、法治の世界において特に銘記されなければならない。

家事審判は、金員の支払義務を命じた本件の如き場合、強制執行力を持つ。従つて、それは抗告人及び抗告人の家族全体にとつて重大なる影響がある。しかもその審理は、非公開、本人主義、職権主義に終始し、当事者の代理人には、現実には証拠の提出、弁明の機会が与えられないのである。秘密の内に審理専断される。従つて、その審判は千に一つの誤りもないことが期せられなければならない。

要するに、この点、以上の各事由から、結局原審は審理を尽さず、そのためその審理が相当であることを肯認せしむべき資料を発見することができないものであるから、理由不備として取消されるべきものと信ずる。

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